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2006年小沢先生基調講演レポート

光陵会総会 基調講演 小沢敦 11/25/2006

投稿者名:森田直己さん(8期1組)

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1.私の授業

(1)  XYZ 平面上の各軸に接するように一辺の長さ1の立方体を置き、(001)から(111)、(100)を通り原点を結んで得られる4面体をZ軸を中心に回転させたときの体積を求めよ。
こんな問題は光陵生ならすぐ解ける。鍵は、(111)と(100)を結ぶ対角線が直線であるにも関わらず、回転体の形状は曲線を描くことを理解できるかどうかである。
で、この問題を出した頃、箱根彫刻の森美術館にたまたま行ったのだが、そこで、回転する直線の棒が曲線のスリットを通り抜けるというオブジェがあり、ぱっと見ると、信じられない光景で人を驚かせるものなのだが、芸術家は意図していないだろうが、これは、まさに、先の問題そのものである。
数学は一体のなんの役に立つんですか?こういう質問を受けるのは数学に携わるものとして宿命でもあるが、このオブジェのように、意外にも数学は身近なものでもある。

(2)  変数XとY の双方が混在する積分方程式は実は高校生の範囲では解けない。ところが、生徒と質問をやり取りする中で、私は「皮むき法」と名づけたのだが、トイレットペーパーを剥いでいくように、式を見立てることで、混在を解消し高校生でも解ける問題とすることができた。
生徒とのコミュニケーションから新たな解法が生まれるという私にとっては教師冥利につきる瞬間だった。薄皮を集積していくというこの方式は積分そのものの概念を表しており、公式を表面上、使いこなしたというのではなく、正確に数学を理解したということを意味しており、自分で考えることの素晴らしさに生徒が触れた瞬間でもあり私の喜びとするところである。
そもそも、微分、積分とは何か。微分とは「微かに分かること」、積分とは「分かった積もりになること」である。・・・(ほとんどウケなかった、が、小沢先生は笑顔を崩さない・・さすがプロである)

2.私が数学に携わった訳

大体、学生時代は学生紛争の時代でろくに勉強などやっていない。が、そんな中、「ゲーデルの不完全性定理」に出会った。これは、集合論が陥ったパラドックスを見事に解くものである。私はこの定理に出会い、その後の人生を数学者のハシクレとして生きていくことを決心した。最近、岩波文庫から林、ヤスギの共著で刊行されたはずである。是非、皆さんも触れてみてほしい。ちなみに林先生が私の恩師である。

3.教育改革について

日本の歴史上においての教育改革は大きく3 つが上げられる。それは、明治維新、ついで第2 次大戦後であり、最近では中曽根内閣が主導したものである。そして、この3 つ目に私は加担した。現在、当時の「ゆとり教育」が全く駄目だった、今の荒廃を招いたと批判されている。「ゆとり」は単なる「さぼり」だったと。故に「ゆとり教育」は間違いだったと素直に認めたいと思う。だが、「ゆとり」のコンセプトそのものは、いい面もあったと思う。もう一度、見直して「ゆとり」の長所は何であったか、どうして駄目だったのかを考えて行きたい。
いずれにしても学校とは広く学ぶところである。教育方針などに振り回されず、生徒には色々な可能性を目指して、色々なことに取り組んでほしいと願っている。